大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成元年(オ)297号 判決 1993年9月21日

上告人

湊定子

湊直芳

湊英治

右三名訴訟代理人弁護士

中村亀雄

被上告人

日本通運株式会社

右代表者代表取締役

濱中昭一郎

被上告人

真砂正二

右両名訴訟代理人弁護士

永田水甫

村瀬昌弘

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人中村亀雄の上告理由二の(二)及び(三)について

公務員であった者が支給を受ける普通恩給は、当該恩給権者に対して損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするものであるとともに、その者の収入に生計を依存している家族に対する関係においても、同一の機能を営むものと認められるから(最高裁昭和三八年(オ)第九八七号同四一年四月七日第一小法廷判決・民集二〇巻四号四九九頁参照)、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし普通恩給は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得するものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年(オ)第二一九号同五九年一〇月九日第三小法廷判決・裁判集民事一四三号四九頁)。そして、国民年金法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。)に基づいて支給される国民年金(老齢年金)もまた、その目的・趣旨は右と同様のものと解されるから、他人の不法行為により死亡した者の得べかりし国民年金は、その逸失利益として相続人が相続によりこれを取得し、加害者に対してその賠償を請求することができるものと解するのが相当である。したがって、原審が右と異なる見解の下に、上告人ら主張の恩給受給権及び国民年金受給権の喪失による損害を認めなかった点には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。しかしながら、原審は、亡湊一郎の逸失利益を算定するに当たり、生活費の控除につき、同人が普通恩給及び国民年金の受給権を有していたものであり、右恩給及び国民年金は同人の生活費に充てられると解されるので、生活費としての控除額からその分だけ減ずるのが相当であるとして、控除すべき生活費を年間収入額の二割弱(一〇一万〇九〇〇円)とする旨判断しているのであるから、恩給受給権及び国民年金受給権の喪失による損害は、生活費の控除の割合を算定するに当たって斟酌することにより、就労可能年数の間においては賠償額に計上されたものと評価することができる。そして、亡一郎の得べかりし普通恩給及び国民年金を同人の逸失利益に算入する方法により上告人らの損害額を算定しても、原審の認定・使用した数値を前提とする限り、結局において、上告人らの損害、上告人らが既に受領した自動車損害賠償保険金の額(一四七五万七四四〇円)を上回るものとはいえない。したがって、原審の前記違法は原判決の結論に影響を及ぼすものでないことが明らかである(なお、論旨は、原判決は生活費を二重に控除したと非難するが、原判決の判示する趣旨は前記のとおりであって、右非難は当たらない。)。論旨は、採用することができない。

同一、二の(一)、三及び四について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄)

上告代理人中村亀雄の上告理由

一、原判決は、過失割合の判断に重大な矛盾と誤りがあり、右判断は著しく正義に反するものである。

原判決は過失割合として真砂につき三、亡一郎につき七と判断したのは重大な誤りで、むしろ、真砂につき九、亡一郎につき一と判断すべきである。

即ち原判決は、左の事実は認定している。

① 被控訴人真砂(以下真砂という)が終日駐車禁止の場所に大型トラックを駐車させていたこと。

② しかも車体を約八〇センチ車道側にはみ出して駐車させていたこと。

③ 現場付近は暗いところで、事故時は、日没後で、かつ降雨のため見透しが困難となる時間帯であったこと。

④ 真砂のトラックの車体後部が路面と混同しかねない暗黒色であったこと。

⑤ しかも駐車灯も非常点滅表示灯も点滅させていなかったこと。

原判決は以上の如き事実を認定して真砂の過失を認め乍ら、左のとおり判断している。

「亡一郎は前照灯を点灯して乙車を走行させていたのであるから、前方を注視し、進路の安全を確認しながら乙車を運転していれば、前方に駐車する甲車を容易に発見し得たものと推認されることである。」

原判決は一方で見透しの困難な状況を認定し乍ら、ここでは甲車を容易に発見し得たとあたかも見透しが容易であるが如き判断をした矛盾がある。

即ち原判決の右①乃至⑤の状況で、見透しが極めて困難なことが明らかで、見透しが困難であるということは容易に甲車を発見することができないということであり、それよりは、八〇センチも車道にはみ出して駐車灯も非常点滅表示灯も点滅させないで駐車しているトラックが存在することなど一般的に予想もできないことであった。

予想もできないから、しかも降雨もあったから亡一郎は、単車の運転者として多少うつむき加減で安全を期して走行車道の側面から八〇センチまでのところを、つつましく走行していたことが推察されるのである。

原判決はこうした事実を認定し乍ら、過失割合を真砂に三、亡一郎に七と判断したのは、極めて過酷で、重大な誤りであり、むしろ、真砂に九、亡一郎に一と判断するのが、当然である。

二、原判決は、役員報酬を否定し、二重に生活費を控除した明らかな誤りがある。

(一) まず原判決は「農協役員報酬については、その任期、選任方法を認めるに足る証拠なく、その報酬を何時まで受給しうるかは明らかでないのみならず、普通恩給、国民年金については稼働能力とは無関係であってその受給権が一身専属と解されるうえ、国民年金については生活保障的性格が強いと認められ、いずれも、亡一郎の逸失利益に含まれないと解するのが相当である。」と判断した。

なるほど亡一郎の場合、任期や選任方法が認められない不確定要素が存在する。

しかし、しかりとせば、原判決は、逆に任期、選任方法が認められる場合は、どのように判断するのか。再任を考えないのだろうか、再々任は考えないのだろうか。

つまり選任方法に再任や再々任が認められる場合はやはり不確定要素となろう。

不確定要素が存在するから、その報酬を逸失利益に含まれないと解するのは不合理である。

亡一郎は再々任で一〇数年役員を努めているわけであるから、むしろ確定的な期限の定めない就任状態とみなすべきで、その報酬を逸失利益に含めないのは、理由がなく明らかに不合理である。

(二) 原判決は普通恩給は一身専属で国民年金は生活保障的性格が強いから、逸失利益に含まれないと判断したのも重大な誤りである。

即ち亡一郎が健在であれば、たとえ一身専属的で生活保障的であっても、当然得られた利益であるから、逸失利益であることは明らかである。

(三) 原判決は更に、普通恩給、国民年金は生活費に充てられると解されるので、生活費として減ずるのが相当であると判断している。

しかるに原判決は、更に亡一郎の年平均金五二〇万円の三分の一にあたる金一七三万円を生活費として消費するものと推認すると判断している。

通常の判例の考え方は、年平均収入の三分の一を生活費とみなす考え方であるが、ここで原判決は普通恩給、国民年金を単独に生活費と推認する独自の考え方を示し、年平均収入(ここには恩給や国民年金を含まない)の三分の一を更に生活費としてみなすという、亡一郎に極めて不利益な生活費を二重に控除する独自の考え方を示している。

原判決のこのような判断は何ら合理性が無く、経験則に反する独自の考え方で、認められるべきではない。

三、原判決の葬儀費用としての金四〇万円の認定は重大な事実誤認である。

亡一郎が地方の名士であることから葬儀費用は実際に金六二一万四、二八〇円を要した事実は、<書証番号略>及び被告湊直芳の本人尋問の結果で明らかである。

原判決は「亡一郎の交際範囲が広かったこともあって会葬者も多く、多額の出捐を余儀なくされたことが認められるが、諸般の事情(前記認定の亡一郎の過失も含む)を総合し、本件事故と相当因果関係にあると認められる賠償額として被控訴人ら各自に負担させるべき金員は金四〇万円をもって相当にする。」と判断するが全く説得力が無い。

葬儀費用の全金額の認定を為すことなく亡一郎の過失も加味されて葬儀費用が少なくなるという考え方は独自のもので合理性が無い。

本件事故と相当因果関係にあると認められる葬儀費用の割り出しの考え方も独自で合理性が無い。

原判決は、過失割合で減額するというのが考え方の根底にあるとすれば、むしろ、葬儀費用の全額を認定して、過失割合で算出して減額すべきであった。この方がよっぽど説得力がある。

以上原判決は、全く理論的で無く、杜撰極まりない判断と言わなければならない。

四、原判決の慰謝料の認定も極めて少額で経験則に著しく反する。

前記の如き事故の態様、その他諸般の事情を総合すれば、経験則上決して原判決の認定の如き少額な慰謝料にはならない筈である。

五、結語

以上の如く原判決は、合理性が無く、著しく正義に欠く、社会的説得力の無い判断で、むしろ重大な誤りである。

右誤りは、事故の態様と状況を洞察する眼力が全く無かったことから、由来する。

そもそも真砂は違法駐車をして、しかも八〇センチはみ出していたのである。何故駐車禁止の場所かというと、交通の往来の激しい場所で、極めて危険な場所であるからであった。日没直後で、降雨があり、暗い場所で、しかも車体が暗黒色であった。

駐車禁止の場所に違法駐車をしているとは通常予想しないところであり、しかも見透しが極めて悪かったのである。

しかも真砂は駐車灯も非常点滅表示灯も点滅させていなかったという二重の違法行為を為しているのである。

亡一郎は、まさか、駐車禁止の場所に、駐車灯も非常点滅表示灯も点滅させないで、違法駐車しているなど、到底予想できなかったのである。

真砂は二重に違法行為を為して極めて危険な状態でトラックを駐車させたトラック運転者である。

亡一郎は単車の運転者で、つつましく車道の片隅を走行してきた善良な通常の市民である。

この状況下は衝突事故で、何故に真砂の過失が三で亡一郎が七と判断されるのか。

亡一郎の過失割合がかくも過酷になるのか、全く判断に苦しむのである。

原判決は、著しく正義に反する判断である。

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